葛井寺(西国五番札所)

ご詠歌
まゐるより、たのみをかくる、ふぢゐでらはなのうてなに、むらさきのくも


紫雲山 葛井寺は西国五番札所です。
また、このお寺は修験の中心地であった葛城山の西門になっていたため、西国三十三所の巡礼者と行者にも支えられてきました。
古くは古子山と呼ばれ、寺名も剛琳寺であったそうですが、紫雲山 剛琳寺となり現在の紫雲山 葛井寺になりました。

交通(最寄り駅など)

近鉄「藤井寺」駅から徒歩。
お寺には駐車場が無く、車で参拝する場合は近隣の料金の高い駐車場を利用することになります。

藤井寺の境内

藤井寺の境内

 このお寺の創建について記す文献等は少なくはっきりしていないようですが、わずかに残る記録には、神亀2年(725年)聖武天皇の勅願によって開創されたと伝えられ、(千手観音としては)日本最古で国宝の本尊千手観音は稽文会・稽首勲(けもんえ・けしゅくん)の作であり、御衣木(みそぎ:像の木材)は長谷寺の本尊と同木が使われているそうです、また地蔵尊・正観音は共に行基菩薩の作であるとされています。

 しかし最近の研究では百済系渡来氏族葛井氏の氏寺として八世紀に開創されたとするのが通説になっているようです。

 なお本尊千手観音は秘仏で毎月18日に厨子が開扉されます。


 境内には聖武天皇から寄付された”紫雲石燈篭”や藤棚がいくつかありました、永正7年八月八日の暁(早朝で夜が明けようとする時)に大地震にあり、葛井寺は大きな損害を受けたそうですが、再興され現在も信仰を集めるお寺になっています。


 近くに商店街があり街中にあるお寺ですので、西国1番札所の青岸渡寺のように長く続く階段を上るということはありません。
 このお寺へは自動車より、電車(近鉄藤井寺駅下車)のほうがゆっくりお参りできます、また少し離れますが野中寺(聖徳太子ゆかり)がありますので野中寺のお参りを希望される方は近鉄バスで移動するといいでしょう。

藤井寺の境内
藤井寺の境内

葛井寺